スマートヘルスケアの進展とデジタル格差:自治体が進めるべき健康公平性へのアプローチ
はじめに
近年、デジタル技術の発展は医療・ヘルスケア分野にも大きな変革をもたらしており、「スマートヘルスケア」として注目されています。遠隔医療、ウェアラブルデバイスによる健康データの収集、AIを活用した診断支援など、多様なサービスが登場し、医療アクセスの向上や個人の健康管理の効率化が期待されています。
しかし、これらの技術やサービスが普及する一方で、デジタルデバイド、すなわちデジタル技術の利用能力やアクセス機会における格差が、新たな形の健康格差を生み出す可能性が指摘されています。スマートシティの推進において、住民の健康増進は重要な柱の一つですが、その実現過程でデジタル格差が健康公平性を損なうことのないよう、慎重な配慮と戦略的なアプローチが求められています。
スマートヘルスケアにおけるデジタル格差の現状と課題
スマートヘルスケアサービスは、スマートフォンやインターネット環境、一定の情報リテラシーを前提とするものが少なくありません。このため、以下のような層においてデジタル格差によるサービス利用の困難が生じる可能性があります。
- 高齢者: デジタルデバイスの操作に不慣れである、視覚・聴覚などの身体機能の制約がある、新たな技術への抵抗感があるといった要因から、スマートヘルスケアサービスの利用が進みにくい傾向があります。
- 低所得者層: 高価なデバイスの購入や高速なインターネット回線の契約が経済的に困難である場合があります。
- 地理的な制約: スマートフォン普及率が低い地域や、通信インフラが未整備な地域では、そもそもサービス提供が難しい場合があります。
- 障害のある方: 既存のスマートヘルスケアサービスが、アクセシビリティに十分配慮されていない場合、利用が制限されることがあります。
これらのデジタル格差は、単に利便性の問題に留まらず、健康診断や予防医療へのアクセス機会の不均等、慢性疾患管理における情報やツールの不足、さらには医療情報の理解度の差など、具体的な健康格差へと直結するリスクを孕んでいます。例えば、オンライン健康相談や遠隔診療が普及しても、デジタル機器を使えない高齢者や低所得者は、必要な医療情報をタイムリーに入手できなかったり、早期の受診機会を逃したりする可能性があります。
健康公平性実現に向けた自治体のアプローチ
スマートヘルスケアの利点を広く享受し、デジタル格差による健康公平性の低下を防ぐためには、自治体が主導的な役割を果たすことが不可欠です。以下に、考えられる具体的なアプローチを挙げます。
- デジタルインフラの整備とアクセス支援: 地域内の通信インフラの空白地帯を解消する取り組みや、公共施設(公民館、図書館、保健センターなど)における無料Wi-Fi環境の整備、デジタルデバイスの貸与・レンタルプログラムの実施などが考えられます。
- デジタル・ヘルスリテラシー教育の推進: 高齢者やデジタル弱者を対象とした、スマートデバイスの基本的な操作方法や、スマートヘルスケアサービスの安全な利用方法に関する教室や個別相談会を実施します。医療情報サイトや健康管理アプリの信頼性を見極めるリテラシー向上も重要です。
- サービスのユニバーサルデザイン化とアクセシビリティ向上: 自治体が導入・推奨するスマートヘルスケアサービスを選定する際には、操作性の簡便さ、文字サイズの調整機能、音声読み上げ機能など、高齢者や障害のある方を含む多様な利用者に配慮したデザイン(ユニバーサルデザイン、インクルーシブデザイン)が採用されているかを評価基準に加えるべきです。
- オフライン手段との併用と連携: デジタルサービスだけでなく、電話相談、訪問支援、紙媒体での情報提供など、既存のオフラインの支援手段との連携を強化し、デジタルサービスを利用できない層への代替手段を確保します。スマートヘルスケア導入と同時に、地域包括ケアシステムや民生委員、ボランティアとの連携による見守りや声かけを強化することも有効です。
- 地域連携による実証事業: 医療機関、薬局、社会福祉協議会、NPO、IT企業など、地域の多様な主体と連携し、特定の地域や住民層を対象としたスマートヘルスケアサービスのアクセシビリティ向上や利用促進に向けた実証事業を実施し、効果的な手法を検証します。
- データの二次利用とプライバシー保護: スマートヘルスケアで得られる anonymized data を地域全体の健康課題分析に活用することは有用ですが、データの収集・利用においては高い透明性を確保し、個人のプライバシー保護に最大限配慮することが、住民の信頼を得る上で不可欠です。
これらのアプローチは、単独で実施するのではなく、地域の医療計画や健康増進計画、スマートシティ計画全体の中で統合的に位置づけ、推進することが重要です。
まとめ
スマートヘルスケアは、これからの地域医療や住民の健康管理を大きく変革する可能性を秘めていますが、デジタル格差という課題に適切に対処しなければ、かえって健康公平性を損なうリスクも存在します。
自治体には、デジタルインフラの整備、リテラシー教育、サービスのアクセシビリティ向上、そしてオフライン手段との連携といった多角的なアプローチを通じて、全ての住民がスマートヘルスケアの恩恵を受けられる環境を整備する役割が期待されています。健康公平性の視点を常に持ちながら、包摂的なスマートヘルスケアの実現を目指していくことが、持続可能なスマートシティの構築につながります。