スマートシティとキャッシュレス化:高齢者・デジタル弱者の金融アクセス公平性をどう確保するか
スマートシティにおけるキャッシュレス決済普及と金融アクセス公平性の課題
スマートシティの推進は、市民生活の利便性向上や都市機能の効率化を目指し、デジタル技術の活用を不可欠としています。その一環として、決済手段のデジタル化、すなわちキャッシュレス決済の普及が進められています。行政サービス手数料の支払いや公共交通機関の利用、地域内の商業活動など、多岐にわたる場面でのキャッシュレス化は、スピードアップやデータ活用といったメリットをもたらします。
しかしながら、このキャッシュレス化の波は、すべての住民にとって平等な恩恵をもたらすとは限りません。特に高齢者やデジタルデバイスの操作に不慣れな人々、あるいは経済的な理由でスマートフォン等の端末を持たない人々など、いわゆるデジタル弱者と呼ばれる層は、キャッシュレス環境への適応に困難を抱える可能性があります。これにより、生活に必要な金融サービスへのアクセスが制限され、日常生活における不便や社会からの孤立といった新たな格差を生み出す懸念が高まっています。
スマートシティが目指すべきは、すべての住民が技術革新の恩恵を享受できる「包摂的な都市」です。そのため、キャッシュレス決済の普及を進める一方で、金融アクセスの公平性をどのように確保するかは、自治体が直面する重要な課題となっています。
キャッシュレス化がもたらす金融アクセス格差の具体的な様相
スマートシティにおけるキャッシュレス化は、多様な形で金融アクセス格差を生み出す可能性があります。具体的な課題としては、以下のような点が挙げられます。
- デジタルデバイスやインフラへのアクセス格差: キャッシュレス決済の利用には、スマートフォンやICカードなどのデバイスが必要ですが、これらを所有・利用できない住民がいます。また、通信インフラが整備されていない地域では、そもそもオンライン決済が困難です。
- デジタルリテラシーの不足: デバイスの操作方法、決済アプリの利用方法、セキュリティ対策など、キャッシュレス決済を利用するための知識やスキルが不足している住民がいます。特に高齢者層では、新しい技術への抵抗感や学習の困難さが障壁となりやすいです。
- 現金決済の選択肢の減少: キャッシュレス化が進むことで、現金のみに対応する店舗やサービスが減少する可能性があります。これにより、キャッシュレス決済を利用できない住民は、商品やサービスの選択肢が狭まります。
- 地域や店舗による対応状況の違い: 地域内の全ての店舗やサービスでキャッシュレス決済が利用できるわけではなく、特定の地域や小規模事業者では現金決済が主流である場合があります。一方で、大型店やチェーン店ではキャッシュレス化が先行し、地域内での買い物における不均衡を生む可能性があります。
- 手数料負担: キャッシュレス決済の種類によっては手数料が発生する場合があり、頻繁に利用する住民にとって経済的な負担となる可能性があります。
これらの課題は複合的に作用し、特に高齢者、障害者、低所得者、デジタルに不慣れな人々など、既に社会的に脆弱な立場にある住民の生活利便性をさらに低下させ、地域社会からの分断を深めるリスクを伴います。
金融アクセス公平性確保のための自治体の役割と対策
スマートシティにおけるキャッシュレス決済のメリットを享受しつつ、金融アクセスの公平性を確保するためには、自治体が主導的な役割を果たすことが不可欠です。具体的な対策としては、以下のようなアプローチが考えられます。
- デジタルデバイド解消に向けた包括的支援: デジタルデバイスの貸与・提供、通信環境の整備支援、無料または低額でのデジタルリテラシー講座の実施など、基本的なデジタル環境へのアクセスと利用スキル習得を支援します。特に、キャッシュレス決済に必要な知識・スキルに特化したプログラムを提供することが有効です。
- 現金決済の選択肢を維持・確保する施策: キャッシュレス決済を推奨しつつも、公共施設や行政サービスの窓口、地域住民の生活に不可欠な店舗などでは、現金決済の選択肢を継続して提供できるよう配慮します。地域内の商店街などに対し、現金とキャッシュレスの両方に対応することへの支援を検討することも重要です。
- 多角的な情報提供と相談体制の整備: キャッシュレス決済に関する正確な情報(利用方法、メリット・デメリット、セキュリティ対策など)を、デジタル媒体だけでなく、広報誌、説明会、個別の対面相談など、多様な手段で提供します。住民が安心して相談できる窓口やコールセンターを設置します。
- 地域金融機関や事業者との連携強化: 地域の実情を把握するため、地域金融機関や商工会議所、NPO等と連携し、住民のニーズや課題を共有します。事業者に対して、多様な決済手段に対応することの重要性を啓発し、導入支援を行うことも有効です。
- スマートシティサービスの設計における配慮: スマートシティの新たなサービスを設計する段階から、キャッシュレス決済以外のアクセス手段(現金、公共料金引き落とし、窓口払いなど)や、デジタルに不慣れな住民でも利用しやすいインターフェース設計(ユニバーサルデザイン)を検討します。
- 継続的な実態調査と政策の見直し: キャッシュレス化の進捗が住民生活に与える影響について、定期的に実態調査を行い、政策の効果を検証します。その結果に基づいて、必要に応じて支援策や制度設計を見直す柔軟な姿勢が必要です。
まとめと今後の展望
スマートシティにおけるキャッシュレス決済の普及は、都市の効率化と利便性向上に貢献する一方、金融アクセスの公平性という重要な課題を提起しています。この課題への対応は、スマートシティが一部の住民だけでなく、すべての住民にとって暮らしやすい、包摂的な都市となるための鍵となります。
自治体には、デジタルデバイドの解消支援、現金決済の選択肢維持、多角的な情報提供、そして地域関係者との連携を通じて、金融アクセスの公平性を確保するための戦略的な取り組みが求められます。技術導入の効果だけでなく、それが住民一人ひとりの生活にどのような影響を与えるかという社会的な視点を常に持ち続けることが重要です。
今後もキャッシュレス化は進展していくと考えられますが、その過程で生じる格差を最小限に抑え、デジタル技術の恩恵を誰もが享受できる社会を実現するために、自治体は継続的な努力と柔軟な対応を続けていく必要があります。